
エンパグリフロジンの先発医薬品「ジャディアンス」(日本ベーリンガーインゲルハイム)は、2025年8月1日適用の薬価改定において市場拡大再算定の要件に該当し、薬価が引き下げられました。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001487123.pdf
改定後の薬価は以下の通りです。
この改定の背景には、ジャディアンスが2024年2月に慢性腎臓病(CKD)の効能・効果が追加承認されたことが大きく関係しています。 NDB(ナショナルデータベース)データに基づく検討で、年間販売額が350億円超かつ基準年間販売額の2倍以上という要件に該当したため、市場拡大再算定の特例が適用されました。
医療機関にとっては、この薬価改定により処方コストが約12%削減されることになります。特にCKD患者への長期投与を想定すると、医療経済的なインパクトは小さくありません。ただし、注意点として、今回の再算定薬価は令和7年度薬価改定後の薬価より高い場合は適用されないという特例措置も付帯しています。
先発品であるジャディアンスは、後発品(ジェネリック)との薬価差が依然として存在しますが、心不全やCKDといった追加適応を有するのは先発品のみであるため、臨床現場での使い分けが重要になります。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/special_feature/7481
エンパグリフロジン(ジャディアンス)の適応症は、発売当初の2型糖尿病から段階的に拡大し、現在では以下の3つの疾患領域で使用可能です。
参考)https://medical.itp.ne.jp/kusuri/shohou-20120000002582/
2026年4月2日時点でのSGLT2阻害薬の適応症を比較すると、エンパグリフロジンの先発品は「2型糖尿病」「慢性心不全」「慢性腎臓病」の3領域すべてに対応している唯一の薬剤です。 一方、後発品(ジェネリック)は2型糖尿病のみに適応が限定されており、心不全やCKDへの使用は認められていません。
この適応拡大の背景には、大規模臨床試験のエビデンス蓄積があります。特にCKD領域では、eGFRが20mL/min/1.73m²以上250mL/min/1.73m²未満の患者を対象とした国際共同第3相試験で、主要評価項目である「血清クレアチニン値の持続的な倍増、末期腎疾患の発症、あるいは腎・心血管系死の複合アウトカム」のリスクが有意に減少することが示されました。
参考)ジャディアンス(エンパグリフロジン)の作用機序【糖尿病/心不…
慢性心不全領域では、EMPEROR-Reduced試験(HFrEF)とEMPEROR-Preserved試験(HFpEF)の両方で、心血管死亡または心不全入院の複合アウトカムを有意に抑制することが確認されています。 このため、糖尿病の有無を問わず、心不全の標準治療として位置づけられるに至っています。
参考:日本透析医学会「新しい機序の慢性心不全治療薬と腎障害患者における使い方」 - SGLT2阻害薬の心不全・腎臓病領域でのエビデンスと臨床での使い方が詳しく解説されています。
https://www.touseki-ikai.or.jp/htm/05_publish/dld_doc_public/36-1/36-1_76.pdf
SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンの副作用は、作用機序に由来する特徴的なものが多いことが知られています。 医療従事者が特に注意すべき副作用は以下の通りです。
【感染症リスク】
【代謝・内分泌系の副作用】
【体液量関連の副作用】
臨床現場での対策として、患者への十分な説明が不可欠です。尿路感染・性器感染の症状や対処方法について事前に説明し、口渇や頻尿などの異常が認められた場合は早急に医療機関を受診するよう指導しましょう。
また、手術前後や重篤な外傷、重症感染症の発現時には服用を中止するなど、慎重な投与管理が求められます。
エンパグリフロジンの後発品(ジェネリック)開発において、2025年10月に重要な進展がありました。
J Pharm Sci誌2025年10月9日号に発表されたバイオウェーバーモノグラフによると、エンパグリフロジンが生物薬剤学分類システム(BCS)クラスIII薬剤に分類されることが確認されました。 この分類に基づき、以下の条件を満たす後発品については臨床試験を免除(バイオウェーバー)できる可能性が示されたのです。
この評価は、エンパグリフロジンの膜透過性、溶解性、製剤性能に関する公表データを検討した結果導き出されたものです。 臨床試験の免除が認められれば、後発品メーカーの開発コストと時間が大幅に削減され、より早期のジェネリック市場参入が可能になります。
ただし、2026年7月現在の時点では、エンパグリフロジンの後発品は国内で承認・発売されていません。 第一三共エスファがフォシーガ(ダパグリフロジン)の後発品を2026年7月3日に発売したのに対し、 ジャディアンスの後発品は依然として開発段階にあると考えられます。
医療従事者として知っておくべき重要な点は、仮に後発品が承認されたとしても、適応症は「2型糖尿病」のみに限定される可能性が高いということです。 心不全やCKDの適応を取得するには、改めて臨床試験の実施が必要となるため、先発品との使い分けが臨床現場で必要になるでしょう。
参考:CareNet Academia「エンパグリフロジンのジェネリック承認、臨床試験免除の可能性」 - バイオウェーバーモノグラフの詳細と後発品開発への影響について解説。
CareNet Academia
ここからは、あまり知られていないエンパグリフロジンの意外な作用について、最新の研究結果を基に解説します。
2025年6月、Cardiovascular Toxicology誌に発表された研究で、SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジン(EMPA)が糖尿病マウスの下肢虚血モデルにおいて、血流回復と血管新生を促進することが示されました。 この研究では、EMPAが血管内皮細胞機能を改善し、酸化ストレスを軽減することで、糖尿病性血管合併症に対する治療効果を発揮する可能性が明らかになったのです。
糖尿病性血管合併症は、糖尿病患者の下肢虚血や壊疽、心筋梗塞、脳梗塞などの重篤な合併症を引き起こす major な問題です。従来のSGLT2阻害薬の作用機序は「尿中にグルコースを排泄することで血糖値を低下させる」というものでしたが、この研究結果は、EMPAが血管内皮細胞に直接作用し、酸化ストレスを軽減することで血管新生を促進するという、新たな作用機序を示唆しています。
この知見は、以下の点で臨床的に重要です。
ただし、この研究は動物実験(糖尿病マウス)の段階であり、ヒトでの有効性と安全性は未だ確認されていません。 今後の臨床試験で、この血管新生促進作用が糖尿病患者の下肢虚血や末梢動脈疾患の予後改善に寄与するかが検証される必要があります。
また、2025年6月にNEJM(New England Journal of Medicine)で発表されたCONFIDENCE試験では、2型糖尿病を合併するCKD患者において、フィネレノン(非ステロイド型選択的MR拮抗薬)とエンパグリフロジンの同時併用療法により、尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)が早期かつ相加的に低下することが示されました。
参考)MR拮抗薬「フィネレノン」とSGLT2阻害薬の同時併用 2型…
この試験では、ベースラインから180日時点でのUACRの相対変化量が、併用療法群においてフィネレノン単独群より29%、エンパグリフロジン単独群より32%有意に低下しました。 予期せぬ有害事象は認められず、症候性低血圧、急性腎障害、高カリウム血症による中止はまれであったと報告されています。
参考)https://hokuto.app/post/XiULkjq7fJw7yVrzyFmg
この知見は、糖尿病性腎臓病(DKD)の管理において、SGLT2阻害薬とMR拮抗薬の同時併用が新たな標準治療となる可能性を示唆しています。 2020年代は「腎保護療法の黄金期」と呼ばれるほどの治療選択肢の拡大を経験しており、従来のRAS阻害薬(ACE阻害薬/ARB)に加え、SGLT2阻害薬、フィネレノン、GLP-1受容体作動薬が、それぞれ独立した腎保護効果を証明してきました。
参考)ai/n/nf53cd51cd008">https://note.com/medknowledge_ai/n/nf53cd51cd008
参考:Dr.U@糖尿病メモ「SGLT2阻害薬の使い方・考え方(2026年)」 - 2026年1月時点のエビデンスと糖尿病内科医の立場からの使い方・考え方が6.6万字で詳しく解説されています。
https://note.com/dr_ukio/n/nbe86cd52c1fd
参考:HOKUTO「【NEJM】2型糖尿病合併CKD患者にエンパグリフロジン+フィネレノン同時併用」 - CONFIDENCE試験の詳細と臨床的意義について解説。
https://hokuto.app/post/XiULkjq7fJw7yVrzyFmg
エンパグリフロジンの先発品には、DPP-4阻害薬であるリナグリプチンとの配合剤「トラディアンス配合錠AP」(日本ベーリンガーインゲルハイム)も存在します。
参考)トラディアンス配合錠APの効能・副作用|ケアネット医療用医薬…
トラディアンス配合錠APは、エンパグリフロジンとリナグリプチンを1錠に配合した合剤で、2型糖尿病患者の血糖コントロール改善を目的として使用されます。 配合剤の最大のメリットは、患者の服薬アドヒアランス向上にあります。複数の薬剤を別々に服用する負担を軽減し、1日1回の服用で済むため、長期の血糖コントロール維持に寄与します。
参考)https://hokuto.app/medicine/Shljg4smHYWV62E8qczw
薬価については、2025年10月7日時点で以下の通りです。
トラディアンス配合錠APは、ジャディアンス錠10mg(198.70円)とトラゼンタ錠5mg(155.40円)の合計1日薬価354.10円に対し、283.30円と比較的安価に設定されています。 これは「新医療用配合剤の特例」による算定で、自社品の薬価の合計の0.8倍で算定された結果です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000400315.pdf
適応症は「2型糖尿病(ただし、食事療法・運動療法だけで十分な効果が得られない場合)」に限定されており、 慢性心不全やCKDへの適応はありません。 このため、心不全やCKDを合併する糖尿病患者では、ジャディアンス単剤と他の薬剤の併用を検討する必要があります。
また、トラディアンス配合錠APは、インスリン製剤との併用は推奨されていません。 これは、SGLT2阻害薬とインスリン製剤の併用時に低血糖リスクが増加するためで、配合剤の設計思想として、DPP-4阻害薬との併用による相乗的な血糖低下効果を狙ったものです。
参考:CareNet「トラディアンス配合錠APの効能・副作用」 - 配合剤の効能・副作用・添付文書・薬価など、医師向けの医薬品検索データベース。
トラディアンス配合錠APの効能・副作用|ケアネット医療用医薬…
最後に、エンパグリフロジン(ジャディアンス)を臨床現場で使用する際の具体的な処方設計と注意点について解説します。
【基本的な用法用量】
参考)ジャディアンス錠10mgの基本情報・添付文書情報 - データ…
【CKD患者への処方設計】
【心不全患者への処方設計】
【服用指導の重要ポイント】
【併用薬との相互作用】
【患者への説明ポイント】
以上のポイントを踏まえ、個々の患者の状態や併用薬、合併症を考慮した処方設計が、医療従事者には求められます。
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