
ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)は、冠動脈の完全閉塞により心筋が壊死に至る緊急疾患です。 診断の第一歩は、ST上昇の正確な定義を理解することから始まります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=1132
ST上昇の定義基準
STレベルの測定は、J点(S波の終了点)と基線(TPセグメント)の差で行います。 基準値は誘導と患者背景により異なります:
参考)急性心筋梗塞(AMI)の病型分類と心電図診断:ST上昇の定義…
超早期変化:Hyperacute T wave
発症30分以内の超早期では、ST上昇に先立ちHyperacute T wave(巨大増高T波)が出現します。 この時期は心筋逸脱酵素がまだ上昇していないため、以下の鑑別が重要となります:
梗塞部位と責任血管の特定
冠動脈閉塞部位により、特徴的な誘導変化が現れます:
| 梗塞部位 | 上昇誘導 | 責任血管 | 特徴的所見 |
|---|---|---|---|
| 前壁 | V2~V4 | LAD(左前下行枝) | V1のST上昇で近位部病変示唆 |
| 下壁 | Ⅱ、Ⅲ、aVF | RCA(右冠動脈)or LCX(左回旋枝) | Ⅲ>ⅡでRCA、Ⅱ>ⅢでLCX |
| 側壁 | Ⅰ、aVL、V5、V6 | LCX or LAD | 高位側壁はⅠ・aVLのみ変化 |
| 後壁 | V1~V3 ST低下 | RCA or LCX | V7~V9追加でST上昇確認 |
| 広範前壁 | V1~V6、Ⅰ、aVL | LAD近位部 | 予後不良、ショック高リスク |
重症病態:左主幹部(LMT)閉塞の警告サイン
aVR誘導でのST上昇は、左主幹部または3枝病変を示唆する危険信号です。 aVRを除く広範な誘導でST低下を伴い、ショック状態を呈することが多く、一刻を争う病態です。
急性冠症候群ガイドライン 2020(湘南地区メディカルコントロール協議会)- STEMI診断基準と初期治療アルゴリズムが詳細に記載
急性心膜炎は、心膜の炎症により心筋表面全域に影響を及ぼす疾患で、特徴的な心電図変化を示します。
参考)http://masenaika.heteml.net/masenaika-clinic/myocarditis/myo2.pdf
急性心膜炎の心電図4段階経過
急性心膜炎の心電図は時間的に4段階の変化をたどります:
① 急性期(発症~1週):aVR・V1を除く広範な誘導で下方に凸のST上昇(コンケーブ型)。PR低下(特にⅡ、Ⅲ、aVF)が特徴的で、心房の炎症を反映します。Spodick's sign(T波終点からP波まで下降)がみられることもあります。
② 正常化期(1~3週):STが正常化し、T波が平低化します。
③ T波陰性化期(3週~):T波が陰性化します。
④ 回復期(それ以降):心電図が正常化します。
V6誘導での鑑別ポイント:ST×4>T
V6誘導では、ST上昇の振幅(a)の4倍がT波振幅(b)より大きい場合(a×4>b)、急性心膜炎を示唆します。 早期再分極では逆(a×4<b)となります。
早期再分極との鑑別:fish hook patternの重要性
早期再分極は、健康な若年者(特に男性)にみられる良性所見で、ST上昇と混同されやすいです。
参考)https://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11329191768.html
鑑別ポイントを以下に整理します。
| 所見 | 急性心膜炎 | 早期再分極 |
|---|---|---|
| 分布 | aVR・V1除く広範 | V3~V6中心(Ⅱ、Ⅲ、aVFも可) |
| ST形状 | コンケーブ(下方凸) | コンケーブ |
| PR変化 | PR低下(特に下壁誘導) | なし |
| 経時変化 | 4段階で変化 | 不変 |
| J点 | 明瞭でない | J点にnotch(fish hook pattern) |
| V6 ST×4 vs T | 4a>b | 4a<b |
意外な事実:心膜炎ではST上昇があってもT波陰性化は同時期に出現しない
急性心膜炎では、ST上昇がある時期に陰性T波が出現することは原則ありません。 これは虚血(心筋梗塞)ではよくみられる所見で、重要な鑑別点となります。
緊急処置を要するST上昇:その鑑別(ClinicalSup)- 急性心膜炎の診断基準と治療方針が網羅的
たこつぼ症候群(たこつぼ型心筋症)は、身体的・精神的ストレスを契機に発症し、心尖部の風船様膨隆を特徴とする可逆性の心筋障害です。
参考)胸痛:非虚血性心疾患 〜急性大動脈解離,たこつぼ症候群,心膜…
臨床背景の特徴
心電図の経時的変化:日ごとの変動が鍵
たこつぼ症候群の心電図最大の特徴は、「日ごとに心電図が変化すること」です。
急性期(発症6時間以内)。
亜急性期(数日後)。
回復期(数週~数ヶ月)。
ST上昇パターンによる鑑別
たこつぼ症候群と心筋梗塞の心電図鑑別ポイントは以下の通りです:
トロポニンと心エコーの所見の不一致
たこつぼ症候群では、トロポニンは上昇しますが、心エコー上のasynegy(運動低下)領域の広さに比べて上昇が軽度です。 心筋梗塞ではトロポニンの上昇がasynegyの範囲と一致します。
また、心エコーで「心基部の収縮は保たれ、心尖部がballooningしている」という典型的所見が確認できます。
早期再分極(early repolarization pattern)は、特に若年男性(10~40歳)に高頻度でみられる心電図所見で、ST上昇と混同されやすいですが、多くの場合病的意義がありません。
参考)早期再分極症候群 - 04. 心血管疾患 - MSDマニュア…
心電図所見の特徴
なぜ若年男性に多いのか?その意外な理由
早期再分極が若年男性に多い理由は、以下の生理的要因が関与していると考えられています:
1. 心筋の再分極速度の個人差:若年者は心筋細胞のイオンチャネル活性が高く、心外膜側の再分極が心内膜側より早期に完了する「生理的勾配」が顕著に現れやすい
2. 自律神経の影響:若年男性は副交感神経優位の状態(安静時)で心拍数が低下しやすく、これがJ点上昇を増強させる
3. アンケート調査の意外な結果:大学生健診データの解析で、早期再分極パターンを示す若年男性は、運動能力(特に持久走)が平均より有意に高いという報告があります。 つまり「心臓の予備能が高い証拠」とも解釈できます
病的早期再分極症候群との区別
通常、早期再分極は良性所見ですが、以下の場合は「早期再分極症候群(early repolarization syndrome)」として、突発性心室細動のリスク因子となり得ます:
これらの所見がある場合、循環器専門医による精査(24時間心電図、心エコー、遺伝子検査など)が必要です。
MSDマニュアル 早期再分極症候群 - 良性パターンと病的症候群の鑑別基準が明確
ST上昇の鑑別で頻繁に取り上げられるのはSTEMI、心膜炎、早期再分極、たこつぼですが、臨床現場では以下の「隠れた原因」も見逃せません。
参考)https://www.ningen-dock.jp/ningendock/pdf/syoken-sindenzu.pdf
左室肥大に伴うST-T変化
左室肥大(left ventricular hypertrophy, LVH)では、肥大した心筋への相対的虚血により、ST-T変化がみられます。
参考)Table: 心電図による左室肥大の診断基準-MSDマニュア…
左室肥大のST変化は「strain pattern(ひずみパターン)」と呼ばれ、心筋梗塞のST上昇と形状が異なる(徐々に傾斜する)点が鑑別点です。
参考)4.心肥大(左室肥大)の心電図変化|誰でも分かる「心電図の簡…
脚ブロック(bundle branch block)のST変化
脚ブロック、特に左脚ブロック(left bundle branch block, LBBB)では、伝導遅延により二次的なST-T変化が生じます。
参考)https://med.toaeiyo.co.jp/help-tool/ecg/ecg2-1.pdf
Sgarbossa基準(LBBB合併心筋梗塞の診断)
左脚ブロック合併時にSTEMIを見逃さないための基準です。
高カリウム血症によるT波増高と偽ST上昇
高カリウム血症(血清カリウム≥5.5 mEq/L)では、T波が帐篷状に尖鋭化(peaked T wave)し、ST上昇と誤認されることがあります。
参考)https://inouefuzokucl.aijinkai.or.jp/image/koramu30.5.pdf
鑑別ポイント。
急性膵炎・胆嚢炎の心電図変化
腹部疾患でもST上昇がみられることがあります。
これらは「心外性心電図変化」と呼ばれ、腹部症状と心電図所見を総合的に評価することが重要です。
東栄医科 異常心電図の見方 - 左室肥大・脚ブロック・高カリウム血症の心電図所見が図解で解説
ST上昇を認めた際、以下のステップで診断を進めることが推奨されます。
参考)心電図「ST上昇」との戦い│医學事始 いがくことはじめ
Step 1:緊急度評価
Step 2:ST上昇の形状と分布の確認
Step 3:ミラーイメージ(reciprocal change)の有無
Step 4:経時的変化の追跡
Step 5:臨床背景との照合
医學事始 ST上昇との戦い - 救急現場での実践的アルゴリズムが記載
ST上昇の鑑別は、単に心電図所見だけでなく、患者背景、臨床症状、経時的変化、検査所見を総合的に評価することが不可欠です。 特に「時間をおいて再検すること」と「既往心電図との比較」が、見落としを防ぐ最大のポイントとなります。
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