
HAS-BLEDスコアは心房細動患者における抗凝固療法に伴う1年以内の大出血リスクを予測するためのツールとして、Euro Heart Surveyの解析から提唱された出血リスクスコアです。
参考)https://www.bucksformulary.nhs.uk/docs/Guideline_775EFM.pdf
頭文字はそれぞれ Hypertension, Abnormal renal/liver function, Stroke, Bleeding, Labile INRs, Elderly, Drugs or alcohol の略で、最大9点まで加算されます。
参考)https://hokuto.app/calculator/wHYZp0NT6mhryOxAO3Q8
具体的な構成因子は以下の通りです。
参考)https://medn.jp/summary/hasbled/
・高血圧:収縮期血圧160 mmHg超の血圧管理不良例(1点)
・腎機能障害:慢性透析、腎移植、血清Cr 200 μmol/L以上など(1点)
・肝機能障害:肝硬変など慢性肝疾患、もしくはビリルビン>正常上限×2かつAST/ALT/ALP>正常上限×3(1点)
・脳卒中既往(1点)
・出血歴・出血素因・貧血などの出血傾向(1点)
・不安定なINR:ワルファリン治療で治療域滞在時間65%未満など(1点)
・高齢:65歳超(1点)
・薬剤:抗血小板薬、NSAIDs、SSRIなどの併用(1点)
・アルコール多量摂取:8単位/週以上など(1点)
年間大出血発症率のデータとして、0〜5点までの補正年間大出血率が報告されており、日本語サイトの医療電卓では概ね以下のような頻度が示されています。
参考)301 Moved Permanently
・0点:1%前後
・1〜2点:1〜2%程度
・3点:約3〜4%
・4点:8〜9%程度
・5点以上:10%前後〜さらに高頻度(高リスク群)
注目すべきは「3点以上を高リスク」と定義しつつも、スコアが高い患者を一律に抗凝固療法から除外すべきではない、というガイドラインのスタンスです。
参考)https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2021/02/di202101.pdf
不整脈治療ガイドライン(日本循環器学会:心房細動治療)では、HAS-BLEDスコアを用いた出血性合併症のリスク評価がクラスI推奨とされており、抗凝固療法開始前の評価が推奨されています。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-seireihamamatsu-220210-3.pdf
同ガイドラインでは、血栓塞栓症リスク評価に用いるCHADS2スコアやCHA2DS2-VAScスコアと併せて、出血リスク評価ツールとしてHAS-BLEDを用いることで、抗凝固療法の意思決定とフォローアップ戦略を標準化することが強調されています。
このため、HAS-BLEDスコアが高いからといって抗凝固療法を中止・回避してしまうと、むしろ脳梗塞リスクを増大させる可能性があることが複数のガイドラインや解説で注意喚起されています。
英国のNHSフォーミュラリにおけるHAS-BLED診断ツールのガイドラインでも、「HAS-BLEDスコアが3点以上の高リスクは、出血リスク因子の是正と慎重なフォローアップを要するが、口径抗凝固薬(OAC)を除外する根拠にはならない」と明示されています。
実務的には、CHADS2/CHA2DS2-VAScで抗凝固療法の必要性を評価しつつ、HAS-BLEDで「どこを介入すべきか」を整理する二段構えの運用が推奨される流れです。
臨床現場では例えば、CHADS2スコアが高く抗凝固療法導入が推奨される症例で、HAS-BLEDスコアも3点以上の高リスクであれば、血圧管理の強化、NSAIDsや抗血小板薬の整理、アルコール摂取の是正などを徹底しつつ、DOACへの切り替えや用量調整を検討する、といった具体的アクションに落とし込むことが重要です。
HAS-BLEDスコアは元々ワルファリン時代に開発されたスコアであり、「不安定なINR」などワルファリンに特有の項目を含むため、DOAC時代の出血リスク評価における適用の仕方には注意が必要です。
それでも、多くのガイドラインや日本語解説ではDOAC使用時にも出血リスク評価ツールとしてHAS-BLEDスコアの活用を認めており、腎機能や高齢、薬剤併用など「修正可能・モニタリング可能な因子」を整理する目的においては有用性が高いとされています。
DOAC時代における落とし穴として、以下のような点が挙げられます。
・「不安定なINR」の項目が形式的に0点となるため、ワルファリンからDOACへ切り替えた場合にスコアが低く見え、過小評価につながる可能性がある。
・HAS-BLEDスコア自体は消化管出血リスクの詳細な層別化には対応しておらず、特定DOACに関連する消化管出血の増加など、薬剤固有のリスク要因は別途考慮が必要。
・腎機能障害の評価は「Cr 200 μmol/L以上」など比較的重度の障害にフォーカスしており、軽〜中等度の腎機能低下や高齢者のFrailtyなど、DOAC用量調整が必要な境界例を評価しきれない場合がある。
一方で、HAS-BLEDスコアの「薬剤」項目は、抗血小板薬やNSAIDsに加えSSRIなども含まれている点が意外と知られていないポイントです。
SSRIが出血リスクを高める機序として、血小板内セロトニン再取り込み阻害による血小板機能低下が指摘されており、心血管領域でのSSRI併用時の出血リスクについては、HAS-BLEDの枠組みを超えて議論されることも少なくありません。
臨床的には、HAS-BLEDスコアが高い症例で、さらにSSRIや抗血小板薬、NSAIDsなど複数の「薬剤」因子が重なっている場合、出血リスクが相乗的に高まる可能性があるため、薬剤整理や他剤へのスイッチなど多職種連携での介入が重要になります。
また、アルコール摂取が8単位/週以上と評価される患者では、肝機能障害や外傷リスクの増大も同時に懸念されるため、HAS-BLEDスコアに加えて生活背景や認知機能、転倒リスク評価を組み合わせた包括的評価が望ましいと言えます。
日本人におけるHAS-BLEDスコアの妥当性については、心房細動患者での出血リスク層別化に有用であることを示す報告があり、2010年ESCガイドライン採用後、日本の不整脈治療ガイドラインでも利用可能性が紹介されています。
意外なポイントとして、日本人心房細動患者における重大な出血関連因子として、以下が挙げられています。
・75歳以上の高齢
・50 kg以下の低体重
・腎機能障害(CrCl 50 mL/分以下)
・抗血小板薬併用
・管理不良な高血圧
これらはHAS-BLEDスコアの構成因子と重なる部分もありますが、「低体重」や「軽度〜中等度の腎機能低下」など、HAS-BLEDの定義では十分に反映されないリスク因子が日本人ではより重要である可能性が示唆されています。
特に低体重・高齢の組み合わせは、日本の高齢者心房細動患者ではありふれたプロファイルであり、DOAC用量調整や食事状態、転倒リスクを含めた総合的な評価が必須となります。HAS-BLEDスコアが低〜中等度でも、こうした背景因子により実際の出血リスクは高まることがある点は、ガイドライン本文以上に現場で意識すべきポイントでしょう。
また、頭蓋内出血回避の観点から、日本語の解説では「血圧・血糖管理の徹底」「禁煙」「アルコール過多を避ける」「抗血小板薬併用を可能な限り回避する」といった生活習慣・薬剤調整が具体的に挙げられており、HAS-BLEDスコアを入口として生活指導にまで落とし込むアプローチが推奨されています。
こうした視点を取り入れることで、HAS-BLEDスコアを単なる数値評価から、患者教育・多職種連携のトリガーとして活用する発想が生まれます。
参考として、心房細動治療ガイドラインや日本人データに関する詳細な解説は以下のリンクが有用です(ガイドラインでのHAS-BLEDスコアの位置付けと日本人への適応についての部分の参考)。
日経メディカル:心房細動治療(薬物)ガイドライン解説
HAS-BLEDスコアはガイドライン上「修正可能な出血リスク因子の棚卸し」に重点を置いたスコアであり、実臨床では多職種チームでその因子に介入することが求められます。
例えば、血圧管理不良例では循環器内科・総合内科・薬剤師・看護師が協働して降圧療法と生活習慣改善を支援し、腎機能・肝機能障害例では必要に応じて腎臓内科・消化器内科との連携を図るなど、HAS-BLEDの各項目を担当診療科・職種に割り振る発想が有効です。
薬剤因子については、薬剤師が中心となり、抗血小板薬やNSAIDsの必要性評価、SSRIなど精神科領域の薬剤との相互作用確認、アルコール多量摂取の有無や市販薬使用状況まで含めた薬歴聴取を行うことが重要です。
看護師による転倒リスク評価や生活環境のアセスメント、栄養・フレイル評価なども、低体重・高齢・アルコール・認知機能の問題を可視化するうえで役立ち、HAS-BLEDスコア単体では拾いきれないリスク因子に対する介入窓口となり得ます。
また、英国NHSではHAS-BLEDスコアとCHA2DS2-VAScスコアを組み合わせた「個別患者のリスク・ベネフィットシート」が提供されており、患者との意思決定支援ツールとして活用されています。
日本の現場でも、こうしたリスク・ベネフィットシートや医療電卓サイトを活用し、患者と「脳梗塞リスク」と「出血リスク」の両方を視覚的に共有したうえで抗凝固療法の方針を話し合うスタイルは今後さらに重要になるでしょう。
参考として、実務的なHAS-BLEDスコアの説明と計算ツール、薬剤師視点の解説が充実している日本語サイトは以下が便利です(HAS-BLEDスコアの日常業務への落とし込み方を検討する際の参考)。
MEDN:出血性リスクの評価~HAS-BLEDスコア
こうした多職種連携と患者参加型の意思決定を組み合わせることで、HAS-BLEDスコア ガイドラインで想定されている「単なる数値評価」から一歩進んだ、患者ごとにカスタマイズされた出血リスクマネジメントが可能になるのではないでしょうか。
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