アルツハイマー病は、脳内に特定の原因タンパク質が異常蓄積することで神経細胞が破壊され、記憶障害や認知機能の低下を引き起こす神経変性疾患です。 本疾患の病理形成には、主に2種類の原因タンパク質が深く関与しています。
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1つ目はアミロイドβペプチド(Aβ)で、これは神経細胞の外側に蓄積して老人斑(アミロイド斑)を形成します。 2つ目はタウタンパク質で、これは神経細胞の内側で異常リン酸化を起こし、神経原線維変化と呼ばれる線維状の凝集体を作ります。
これらのタンパク質蓄積は単独で起こるのではなく、「アミロイドカスケード仮説」として知られる連鎖的な過程を辿ります。 まずアミロイドβの蓄積が引き金となり、その後タウタンパク質の凝集が進行し、最終的に神経細胞死に至ると考えられています。 しかし、この2つの病理の間の遷移メカニズムについては、長らく不明な点が多く残されていました。
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この早期からの蓄積が意味するのは、アルツハイマー病の病態プロセスが非常に長い時間をかけて進行するということです。 アミロイドβは、アミロイド前駆体タンパク質(APP)がプロテアーゼによって切断されることで産生される生理的ペプチドですが、アルツハイマー病患者ではこの産生と分解のバランスが崩れ、過剰に蓄積します。
参考)https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/press/2008/20081020_2/20081020_2.pdf
理化学研究所:アミロイドβの産生調節に関する研究(PDF)
アミロイドβの産生経路と分解メカニズムの詳細な解説
重要な点は、アミロイドβの蓄積がタウタンパク質の異常リン酸化を誘導し、神経細胞に対する毒性を増大させるという相互作用です。 実際、認知症の症状出現より20年以上前からアミロイドβが蓄積し始め、その約10年後にタウタンパク質の蓄積が加速することが分かっています。
この時間的な隔たりは、予防や早期介入の観点から極めて重要です。 アミロイドβが蓄積し始める段階で適切な対策を講じることができれば、その後のタウ病理の進行や神経細胞死を抑制できる可能性があります。
タウタンパク質は、本来、細胞内の微小管を安定化させる役割を担う微小管結合タンパク質です。 中枢神経系の神経細胞やグリア細胞に発現しており、微小管の重合や安定化を調節するだけでなく、脳の成熟、軸索輸送、熱ストレスに対する細胞応答など、多様な現象に関わっています。
参考)https://www.shiga-med.ac.jp/sites/default/files/2024-07/20240724_pr.pdf
しかし、アルツハイマー病の患者の脳では、タウタンパク質が異常にリン酸化され、細胞質中で線維化・凝集する神経原線維変化を形成します。 この神経原線維変化は、記憶に関連する海馬などに多く蓄積し、神経細胞死を引き起こしてアルツハイマー病の発症を招きます。
参考)脳の炎症が認知症の原因に?タウタンパク質が脳炎症を引き起こす…
近年の研究で注目されているのは、「プリオン様伝播モデル」です。 このモデルでは、異常なタウタンパク質が細胞外に放出されることで、別の細胞のタウを異常凝集させ、脳内でタウ凝集が広がっていくと考えられています。
滋賀医科大学:タウタンパク質の蓄積を検出する新しい抗体の樹立(PDF)
タウ凝集体の早期検出と診断技術の最新研究
この伝播メカニズムは、アルツハイマー病以外の神経変性疾患、例えばピック病、慢性外傷性脳症、皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などでも見られ、これらは総称して「タウオパチー」と呼ばれています。
タウの凝集過程には、段階的な変化があります。 最初は小さな塊である「タウオリゴマー」が形成され、これがさらに集まって「顆粒状タウオリゴマー」となり、最終的に大きな線維状構造(フィブリル)へと変化します。 神経原線維変化が形成される前に、これらの小さなタウオリゴマーが神経細胞の機能を損なうことが知られており、早期診断のためのバイオマーカーとして注目されています。
2019年、理化学研究所の研究チームは、アルツハイマー病の悪性化に関わる新たなタンパク質「CAPON」の発見を発表しました。 CAPON(C-terminal PDZ ligand of nNOS)は、アミロイド病理からタウ病理への遷移を促進する重要な因子として同定されました。
研究の詳細によると、インタラクトーム解析により、CAPONがタウタンパク質と結合することが見いだされました。 ヒトのアミロイド病理を再現するモデルマウスの脳でCAPONを強制発現させると、タウ病理と神経細胞死に伴う脳の萎縮が促進されることが確認されています。
逆に、タウ病理と神経細胞死を再現するモデルマウスでCAPON遺伝子を欠損させると、脳の萎縮が抑制されることも明らかになりました。 このことから、CAPONはアミロイド病理下において、タウ病理および神経細胞死を誘導する重要な因子であると考えられます。
理化学研究所:アルツハイマー病の悪性化に関わるタンパク質の発見
CAPONの機能とアルツハイマー病進行抑制の可能性に関する詳細
この発見の意義は、アミロイド病理からタウ病理、神経細胞死への遷移機構が長らく不明であった中で、CAPONがその橋渡し役を果たしている可能性を示した点にあります。 今後、CAPONの機能を阻害するような薬剤や手法が開発されれば、アルツハイマー病の進行を抑制できる新たな治療法となると期待されています。
さらに、研究では単一の経路ではなく、プログラムされた細胞死のアポトーシスと炎症性細胞死のパイロトーシスの両方のマーカーが上昇していることが認められ、複雑なメカニズムを経て神経細胞死が誘発されると考えられています。
アルツハイマー病の進行期における異常タンパク質の脳内分布について、意外な知見が長寿医療研究センターから報告されています。 断片型Aβやタウといった異常タンパク質の脳内分布は、タンパク質分解酵素であるカテプシンなどの分布と類似していることが分かりました。
参考)アルツハイマー病進行期の異常タンパク(断片型Aβ、タウ)の脳…
この発見は、従来のアルツハイマー病の病態理解に新たな視点をもたらします。 通常、タンパク質分解酵素は不要なタンパク質を分解・除去する役割を担っていますが、アルツハイマー病の進行期において、これらの酵素の分布が異常タンパク質の分布と一致するということは、何らかの関連性がある可能性を示唆しています。
参考)アルツハイマー病の進行期の断片型Aβやタウの脳内の分布は、カ…
カテプシンはリソソームに存在するシステインプロテアーゼの一種で、細胞内のタンパク質分解に関与しています。 アルツハイマー病の脳では、これらの酵素の発現や活性に変化が生じ、その結果として異常タンパク質の蓄積と分布パターンが影響を受けている可能性があります。
GemMed:アルツハイマー病進行期の異常タンパクの脳内分布とタンパク質分解酵素
異常タンパク質と分解酵素の分布相関に関する研究データ
この知見は、アルツハイマー病の治療標的として、タンパク質分解酵素の活性を調節するアプローチが有効である可能性を示しています。 また、画像診断やバイオマーカーの開発においても、分解酵素の分布を考慮に入れることで、より正確な病態評価が可能になるかもしれません。
脳内の異常タンパク質を除去するシステムとして、近年注目されているのが「グリアリンパ系(glymphatic system)」です。 これは、グリア細胞とリンパ系を組み合わせた造語で、脳内の老廃物を排出する役割を担っています。
参考)[最新研究紹介]睡眠不足はアルツハイマー病のリスクを高める可…
研究によると、グリアリンパ系の機能にはアクアポリン4という水チャネルタンパク質が大きく関わっており、これがタウタンパク質やアミロイドβの除去に重要な役割を果たしていると考えられています。
MCBI:タウタンパク質が脳炎症を引き起こす仕組みとグリアリンパ系
グリアリンパ系の活性化と睡眠の重要性に関する解説
特に注目すべきは、このシステムが睡眠中に特に活発に機能することです。 動物実験では、睡眠時や麻酔時には、覚醒時に比べて脳の細胞間隙が1.6倍広がり、アミロイドβの除去が2倍促進されることが報告されています。
このメカニズムには、ノルアドレナリンが関与しています。 覚醒時にはノルアドレナリンが細胞間隙を狭く保ち、睡眠時にはその分泌が低下することで細胞間隙が広がり、グリアリンパ系による老廃物除去が促進されます。
この知見から、アルツハイマー病の予防策として、睡眠の質を高めることが極めて重要であることが分かります。 十分な睡眠時間を確保し、深いノンレム睡眠を得ることで、脳内のアミロイドβやタウタンパク質の除去を促進し、アルツハイマー病の発症リスクを低減できる可能性があります。
具体的には、以下の生活習慣の改善が推奨されます:
これらの対策は、特別な薬物や治療を必要とせず、誰でも今日から始められる予防法です。 脳内の異常タンパク質の蓄積を防ぐためには、早期からの生活習慣の見直しが不可欠と言えます。
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